「怖かったドライブ」
伏見医報 May,2005
35年も前の話である。夜、地図を便りにイエローストーンから数十kmくらい離れた所を走行中、目的地が何処であったかは覚えていないが近道をするために横道に入った。アメリカによくある他の車には滅多に出会わず路傍灯も無い淋しい道であった。数百メートル行くと「動物に注意」の標識があった。
そこから10数kmも走ったか、ヘッドライトの先に大きな鹿が2頭ゆっくり道路を横断しているのが見えた。
注意しながら徐行運転で鹿をやり過ごし、道巾も広くなりゆるいカーブだったので時速60マイル位まで加速した、とたんに右側の真っ暗なブッシュらしき所から前の鹿よりさらに大な牛程の大きさもありそうな大鹿が突然目の前に現れた。
避ける間もあらばこそ、この大鹿にまともにぶつかってしまうと同時にヘッドライトが両サイド共消えてしまった。眼底にはしばらくの間、衝突寸前に見た異様に輝く鹿の眼が残像として残っていた。
鹿がどうなったかは暗くて分からない。とにかく車の前には倒れて居なかった。星は出ていたが月明かりは無く見渡す限り人家らしき光は見えない。あるのは小型の懐中電灯1個のみであった。
AAA(日本のJAFに似たもの)を呼ぶための電話またはガソリンスタンドまで無灯火で何とかして行くしかない。無灯火で走行するほど危険なドライブもないのだがそれをやらねばどうしようもないのである。
他の車が通りかかったら助けて貰おうと考えて30分ほど待っていたが一台の車も通らない。幸いエンジンとクラクションは無事だったのでクラクションを鳴らしつづけ星明かりと懐中電灯を便りにのろのろと移動を始めた。
30分ほど進んだところで漸く他の車と出会い異変に気付いて止まってくれたので訳を話してガソリンスタンドまで先導してもらい、そこでヘッドライトを修理してもらってドライブを続けることが出来たのであった。
「夜間ヘッドライト無しで走行することの恐ろしさをご存じですか?」
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