マイコン談義                  京都医報   Dec.,1980

 頼まれるままに種々の展覧会や雑誌,それに今回はこの医報にまで写真を出させていただいているうちに,今度は写真について何か書くようにと原稿用紙をいただいてしまった。このままでは,実際はそれほどでもないのに写真気狂いの烙印を押されかねない。

 精神的な若さを計る尺度の一つは,楽しみを限定せず,新しい事物にいつも興味を持ち受け入れることが出来るかどうかであろう。私も気持ちの上ではまだまだ若いつもりでいる。そこで今回は,今までに何度か書いて少々種切れの感がある写真の話から脱線して別の無駄話をさせていただくことにする。

 カメラも随分と変ったものだ。最近は高級カメラにまでバカチョン化が及び,露出合せだけでなく距離合せやフィルムの巻き上げ,出し入れ,それに現象・焼付に至るまで自動化が進み,ファインダーをのぞきシャ ツターに触れるだけで美しい写真が撮れることはご承知のごと くである。これを可能にしたのは,いわずと知れたICないしLSIの採用によるものである。

 今や日本の全ての産業分野で直接間接にLSIまたはLSIのかたまりであるコンピュータを利用していないものは皆無であろう。タイムズやイヴニングニューズ,またクライスラーも倒産寸前である。コンピュータ採用に職場を奪われるのではないかと危機感を抱いた労組が,その導入に反対したため,コストダウンに失敗し,製品の質と量を向上させることが出来なかったためという。日本では逆に労組も単調な,また悪環境下での労働を機械にまかせ,人間はより高度な仕事につくことが出来るとしてコンピュータ導入に賛成しているようである。その結果,今やほとんどコンピュータ=ロボットまかせの工場が増え,そのロボットもロボットが作るという状態で20年前のSFアニメの世界が現実のものとなって来ている。

 マイコン(マイクロコンピュータ)は種々の機械との組合せ=メカトロニクスとなって, 生活のすみずみまでも知らず知らずのうちに入り込んでしまっ た。ME機器,電化製品,車,カメラなどはもとより,ボールペン,紙にいたるまでその製造過程はIC制御が行われているに違いない。これほどまでに生活に入り込んでいるマイコンを,単なるブラックボックスに しておくのはもったいない。これを使いこなせるかどうかこそ若さの一つの証明であろう。

 4・5年前,日本初のマイコ ンキットがNECから売り出された。これを手に入れて無数の細かい部品を組立て,キットを完成させた(写真下左)。しかしこれは,人間でいえば脳ミソだけの化物のような物でマイコンが何を考え,何をし,何を訴えようとしているのか理解するのにおそろしく時間がかかった。このお化けとの付き合いで,人間の思考のうち文字で表わせる事柄であれば全て,1と0との組合せ(機械語)でコンピュータに話し,理解させ,考え,実行させることが出来るということがよく解った。つまりメモリー容量さえ充分あれば原理的には,およそ人間に出来ることなら何でも驚くほどの速さと正確さでコンピュータはやってのける。

             完成したTK-80                TK-80を元にして組み上げたもの 

 しかしこの機械語しか解ってくれないお化けは,ゲーム機としては使えても実用には不向きで,その後しばらく棚のすみに放置されていた。それから2年余りたって,人間の言葉に近い言語(主としてBASIC言語)で話しかけるとただちに自分で機械語に翻訳し,言われた通りに仕事し,結果をモニター画面やプリンターに人間語で出してくれる周辺装置が次々と発表され,それと共にメモリー容量も徐々に増えて使い易くなった(写真上右)。今ではこれらの全てを組み込んだ完成品を各社いり乱れて売り出している。今後さらに,指で命令をキーインする代りに印刷物や音声言語による命令で足りるようになり,マイコンの意思も文字だけでなく音声で伝えたりさらには直接手足となる機器を動かすようになって行くだろう。

 現在のところ,マイコンは, 人間が命令し,それに従って仕事するのが普通である。しかし,人間の命令を素直に確実にやってのけるというコンピュー タの特徴は,多くの可能性と同時に恐しい危険をもはらんでいる。もし人間が巨大なメカトロニクスを作り,これに人間の命令など待たず,コンピュータ自身で判断し,プログラムを作り,修整し,自分でエネルギー源を確保し,自分で行動し,これに敵対する物を破壊するように命令したとする(このようなことを考え,実行する人間は必ず出て来るだろう)。するとこのメ カトロニクスは,命令実行ボタンを押された瞬間からもはや人間には制御不能の怪物に変身するであろう。

 これはその基となる人間製のプログラムが完全無欠であれば,人間を雑事から開放し,自然破壊につながる公害を最小限に押さえ,戦争の可能性を予知すればそれを上手に回避し,私達を真に人間にしか出来得ない芸術,スポーツ,恋愛,創造のような活動に専念させることになり,未来はいちいち命令しな くても自主的に働くコンピュータという名の奴隷労勧の上に,バラ色の社会が実現するかも知れない。

 しかし凡そ人間の考えることに完全無欠などあり得ないし, A国人にとっての完全はB国人にとって不完全であるかも知れない。コンピュータの故障も考えられる。ドプ掃除から戦争に至るまで、全ての雑事をコンピュータに自主管理させ,も し彼の判断で戦争を始めたらどうなるか。核戦争で全ての生物が死に絶えた後も,地上にエネルギー源のなくなる日まで,巨大なメカトロニクスは自分達で壊し合い,修理し,戦いつづけ るであろう。  

 話が横道にそれてしまったので現実に戻そう。このように使い方しだいで無限の可能性を秘めているマイコン,何をすればよいか命令を待っているマイコン,まだまだどのように使ってよいのか分らずに放置されているマイコン,私はこれを日常生活に利用しようと考えた。先に述べたごとく,すでにCT,ECHO,ECG,レセプト機などにはもちろん採用されているのであるが,考えようによってはこれらME機器に使われているマイコンは何とかわいそうな物であろう.披らの持っている能力のうち,たった一通りにしか使われていないのである。プログラムしだいではいろいろの種類の仕事が出来るというのに。

 私はもっと身近かな形で,しかし1台のマイコンを一つの用途に限って使うのでなく,いろんな仕事をさせてみようと思う。マイコンに何かさせる場合に考えておかなけれはならないことは,人間が行うより速く,正確でかつ経済的でなければ意味がないということであろう。 以下に私がこの半年の問に作成した実用プログラムを簡単に紹介させていただく。

1.MEDICATION PROGRAM  約100種の処方が疾患別,症状別に記憶させてあって必要なものをただちに取り出すことが出来る。処方を考え,これをカルテに記載する手間が省け,患者さんを待たせる時間が少なくなった。とっさの場合の救急処置も瞬時に教えてくれる。使用中の薬剤名をご存知ないパートの先生をお願いしたような場合も しごく便利である。手始めに作ったこの最も簡単なプログラムが,今では診察の間中片時も離せなくなっている。

2.窓口事務簡易化プログラム  高価なリース料を払えば便利なレセプト機を置くことも出来る。しかしこれの欠点は,カルテ記入もれのチェックなしに毎月自動的にレセプトを作ってしまうことである。そこで窓口での点数計算に限って点数表を見なくても点数が出せるようプログラムしてみた。しかし今のところ,小院の受付諸嬢はマイコン以上によく点数を暗記されているので,まだ実用に至らない。しかし処方点数の検算には大変便利であり,将来,薬価の全面改訂があったような場合に威力を発揮するのではないかと思っている.

3.給与計算プログラム  病医院の勤務体制は常勤,パ ートが入り乱れ,また職種も多く大変複雑である。面倒な給与計算を簡略化するため,給与体系を全てマイコンに記憶させた。月末にタ イムカードを見て勤務時間,回数等を入れてやれば計算は不要で,ただちに明細書と控えが出てくる。これも事務時間の大幅短縮となり計算ミスも皆無となった。

4.人事管理プログラム  職員全員の全ての情報を整理,記憶出来るものであって一人ひとりの能力・性格・適性などをより良く把握し,それぞれに適した仕事をしてもらうための ものである。

5.給与振込みプログラム  前述の3.と連動させて使うもので,各人の給与を銀行別口座別に振り分けて主銀行に振込依頼するものである。

6.住所録  DMに印刷してある物と同様で,必要な住所,氏名がただちにプリントされる。

7.診断プログラム  マイコン診断(予珍)の手はじめとして,運転免許証更新の際にさせられる安全運転度診断なるペーパーテストの30の質問を利用してプログラムしてみた。簡単なものであるが,被検者の性格がよく出て興味深いものである。実際の疾病の診断に応用するには,人間が行うより速く,正確でなければ値打ちがない。近い将来,音声の受け答えや小型で安価な漢字プロセッ サーの採用が楽しみである。

 この他にも慢性疾患々者を管理するもの,全ての使用薬剤の情報管理を行うもの,疾病・患者の地域分布を統計処理して地図上に示すもの等々,目下INCUBATE中の物はいろいろあるが,なかなか他にも道楽が多く,おいそれとは完成しない。 プログラム作りは苦しいが大変楽しいものでもある。論理に少しでも欠陥があると,マイコンは受け付けてくれない。100%論理的な文章を書くということがいかに難しいものであるかをイヤというほど知らされた。プログラム作りは,眠っている脳細胞を目覚めさせ,若がえらせるには最適な遊びと考えている。

 コンピュータ宇宙探査機ポイジャーは木星,土星を経,次なる星を求めて無限の空間へ飛び出して行った。遠い遠い将来,より高度な他の天体のコンピュー タ探査機と出合い,やわらかく補捉され,ボイジャーの持参した地球の全てを伝えるメッセージがはるか彼方の別の人類に解読される日を夢みつつ。

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