危険なレセプトのオンライン化 2007年7月 栗原 眞純
2006年4月厚労省から発令された省令によると2011年から全国全ての医科・歯科医療機関から発行されるレセプト(診療報酬明細書)がオンライン化され、集中管理されることになるそうです。2007年1月26日の安倍総理大臣施政方針演説でも既に決定したかのように淡々と述べられていました。この省令は医療費適正化対策と称して政府と財界の主導で計画立案されたものです。
政財界がこれほど熱心にレセプトオンライン化を推し進めるのは、他にも理由があると思われます。簡単に見積もって全国の約17万5千箇所の医科・歯科医療機関がオンライン化の為にIT機器設置に消費せざるを得なくなる費用を1医療機関あたり120万円と仮定すると、17万5千×120万円=2,100億円のお金がIT産業に入ることになります。もちろんその中の相当額は政界に流れることになるのでしょう。
さて、ここからが私たち国民の一人ひとりがよく考えなければならない大切なことなのです。
レセプトには患者(将来ほぼ100%の日本人が含まれることになる)さんの氏名、生年月日、性別、現病名、使用薬剤、健康保険記号・番号、保険者番号、医療機関名、医療機関所在地などが記載されています。 このような重要な情報が国民に周知徹底されないままにインターネットを含むセキュリティ性の貧弱な手段で集められ集中管理されることになるのです。情報データのやりとりには住基ネット同様、解読しにくい暗号化技術なども使われるのでしょうがこれとて絶対ではありません。
さてこのレセプトオンライン化が始まるとどんなことが起こるでしょうか?
例えば「癌」と入力して日本人全ての癌患者を拾い出すことが可能になります。「癌」その他の難病でお金儲けをしようとする者や所謂「健康産業」の経営者や生命保険会社にとっては「病名/氏名情報」は莫大な価値があるので情報の盗難・漏洩の対象となっても不思議ではありません。
また、このシステムに携わる者であれば特定の人名や生年月日、性別などからその患者の病名、使用薬剤、かかっている医療機関を知ることはいとも簡単です。身近なところでは結婚や就職に際して必ず対象者の情報を調べられることでしょう。また、国会議員などを含む所謂有名人は病名や入・通院先を知られるおそれのある健康保険を使用せず自費診療を選ぶことになるかも知れません。
その結果、健康保険を使わないことがエリートのステータスシンボルのようになって、今のところ医療水準の高さと医療費の安さ、それに公平さの観点から世界最良と言われている日本の皆保険制度を破綻に導く誘因となるかも知れません。そうなると高額さで悪名高いアメリカ型の自由診療を主体とした医療/保険システムに変わって行くことは容易に想像がつきます。(関連サイト)
もしもシステムの内部に悪意を持った者が居れば情報は簡単に外部に漏出します。内部からの故意の情報漏洩操作に対してはオンラインで集中化された情報は殆ど無防備と言えます。ジャーナリストである櫻井よしこ氏が既に『週刊新潮』2002年1月31日号でその危険性を予見されていたように、データ利用を容易にするためにレセプトのような医療情報が住基ネットと結びつけられることになれば(その可能性大です)、より簡単に住所や本人以外の家族の情報、つまり将来的には病歴を辿ることによって何世代にも及ぶ遺伝形質までもが、いもづる式に知られてしまうのです。
住基ネットの脆弱性については今更述べる必要もないでしょう。既に住基ネットからのデータ流出事故は、北海道斜里町、福島県岩代町、京都府宇治市などで発生しています。
2006年12月には「住基ネットは個人情報保護対策に欠陥がある、登録を拒否する人の情報を運用することはプライバシー権を著しく侵害し、憲法13条に違反する」という大阪高等裁判所の判決も出ています。
レセプト情報の重要性は、氏名・性別・生年月日・住所と住民票コードのみといった住基ネット情報の比ではありません。レセプトのオンライン化には住基ネットと同じく仮想専用回線が使われます。大手都市銀行などで採用されている実際の閉鎖型オンラインではなく外部から攻撃され易いバーチャル(仮想)のオンラインなのです。
レセプトオンライン化がこのまま強行される場合にはレセプト情報の集中する国民健康保険や社会保険関係者などこのシステムに関与する者への守秘義務は罰則規定を設けて厳重に管理されなければなりませんが、現在の住民基本台帳法では、住基ネットに関する事務を行う市町村・都道府県の職員(下請け業者を含む。辞めた者にも適用)が、秘密を漏洩したときの罰則は2年以下の懲役または100万円以下の罰金という軽いものです。 レセプト情報が併合された後の住基ネットの重要性は経済的価値から見ても住基ネットのみのそれとは比較にならないほど大きいのでこの点からしても罰則の強化が必要になってきます。
将来、レセプトオンライン化による国民の医療情報漏洩被害による訴訟が大幅に増える可能性もあります。もしそのようなことが起こった場合は政府が被告となって全ての訴訟を受けてくれるのでしょうか? 個々の医療機関がこれらの訴訟に耐え得るとはとても考えられません。
このような危険極まりない医療情報の集中管理は個人情報の重要性が叫ばれている今日全く馴染まないものです。万々一このシステムが導入された場合は、個人情報保護の観点からも患者さんが医療機関を受診された際には各医療機関が情報漏洩の危険性があることをはっきり患者さんに伝えた上でその患者さんの診療情報を「オンライン化」に加えても良いかどうかの意志を問うことが不可欠であると考えます。
◎2009年1月25日 厚労省宛に次のような要望書を出しました。多分返事はいただけないと思いますが。
(上記文章と少し重なる箇所もあるかと思います)
レセプトオンライン化は個人情報保護の観点から止めるべきです。
国民にとって最重要な個人情報(医療情報)が1ヶ所に集中管理されることにより内部からの故意の漏洩、または外部からの盗難によって漏れる可能性が大きくなります。
このことは先般、年金未納の閣僚、党首などが次々と明るみに出たことから見ても明らかです。医療情報が社保庁の年金記録以上に厳重管理されるという保証はありません。 しかも住基ネットとの併用により2・30年もすれば本人の病歴のみならず何親等かにわたる病歴をたどることにより個人の遺伝形質までもが分かってしまうのです。結婚、就職、入学などの際に差別を生じるおそれが発生します。
日本を代表するとも言える桝添大臣を始めとした閣僚や党首、国会議員、インテリ層、お金持ちなどは、人に知られたくない病気になった際などは、健康保険を使わないで自費診療を選ぶことになって。今のところ世界一と言われている日本の国民皆保険制度の破綻が始まるでしょう。
本来、病歴、診療歴などは究極の個人情報であり、レセプト内容は患者本人(と診療医)のみにしか開示してはならないものです。レセオンライン化の代わりに、保険証にメモリーチップを埋め込んで、ここにUSBを介して数年分のレセプト内容を書き込むことにすれば、これをオンライン化されていない個々の医療機関のパソコンに差し込むだけで数年間に及ぶ診療内容を、患者本人が受診した全国全ての医療機関で見ることが出来、医師同士が相互にチェック出来ることになり薬剤の重複使用、併用禁忌薬剤の使用、濃厚治療など客観的妥当性に乏しい治療などはあらかた無くなるのではないかと思われます。このようなシステムこそが今求められているのです。
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